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目標は商店街をつくる事なんです。

あきらめてるわけじゃないんです。今やっていることが、必ず力になると思うんです。

みそ汁。

こんばんわ。いたかなやです。

今日は、たくさんのアクセスがあり大変嬉しく思っています。

来ていただいた方、本当にありがとうございます。

 

 

今日は、昨日とはガラッと話題が変わりますが、

よろしくお願いします。

 

 

昨日、レトルトのみそ汁にお湯を注いでいる瞬間に

凄く虚しい気分になりました。

少し、こみあげるものも感じました。

 

何故なのか?

少し考えてみたんです。

 

 

妻が手作りのみそ汁を作ってくれないから悲しいとか、

そーゆー事では無いんです。

むしろレトルトのみそ汁は、けっこー好きな方なんです。

 

 

 

 

考えがまとまらないまま、たまたま今さっき、

同じような感覚がよみがえってきたんです。

 

 

カップラーメンにお湯を注いでいる時でした。

 

 

今日は、昨日も同じような虚しさを感じていたので、

こみあげるものこそ無かったですが、

はっきりと、昨日と同じ感覚であることが分かりました。

 

 

 

共通しているのは、

『インスタント食品である。』という事と、

『お湯を注いでいる。』という事でした。

 

 

 

昨日は、わかりませんでした。

でも、今日はわかった気がしたんです。

 

 

 

昨日、今日と感じた虚しさは、

もしかしたら虚しさでは無かったかもしれません。

 

 

 

 

料理って凄いと思うんです。

たくさんの食材を、合わせて調味料を加えることで、

素晴らしく美味しい物が、出来上がる。

 

 

いつもうちは、妻が料理をつくってくれているのですが、

味はもちろんの事、料理を作る過程を感じるから、

頑張って作ってくれたんだなって思うから、

とても感謝し、美味しく感じるというところもあると思います。

 

 

 

しかし、

昨日のみそ汁と、今日のカップラーメンに関しては、

お湯を注ぐという一瞬で、その料理の過程というものを

終えてしまった。という事に対する罪悪感のようなものだと思う。

 

そんな中で感じた、

いつもの妻の料理に対する感謝なのかもしれない。

 

 

 

 

心の底から、こみあげてくる感じは、

 

一瞬、

虚しいものなのか、嬉しいものなのか、

わからない時がある。

 

 

 

感覚そのもので判断しているのではなく、

だいたい、その場の状況で、

判断しているような気がする。

 

 

 

昨日と今日に僕が感じた感覚は、

インスタント食品を作るという、

一見、虚しい事を考えるであろう状況で、

妻の料理に対する感謝という、

プラスの思いがこみあげて来たので、

混乱したのかもしれない。

 

 

 

そういう事にしておきます。

 

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